兵庫県環境審議会答申(ツキノワグマ保護管理計画)案(概要)

1 計画策定の目的と背景
(1) 目 的
  「ツキノワグマの地域個体群の長期にわたる安定的維持」と「人身被害・精神被害の解消、農林業被害の軽減」のため、科学的かつ計画的な保護管理を行うことによって、人とツキノワグマとの共存を図ることを目的とする。
(2) 背 景
本県に生息するツキノワグマのうち、東中国地域個体群(氷ノ山山系に生息)において は、環境省の哺乳類レッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されるなど、 絶滅が危惧されている。
このため、本県では平成8年度から狩猟を禁止し、ツキノワグマの減少抑制を図ってい る。
しかし、一方で集落周辺への出没や農林業に対する被害など、人とのあつれきが生じている。
特に出没が多発する地域では、人身事故に対する恐怖心が日常生活に多大な影響を及ぼ している。
そこで、人とツキノワグマが共存し、かつ豊かな自然環境を将来にわたって維持するための計画を策定する。
2 計画の対象鳥獣
 本県に生息するツキノワグマ
  
3 計画の期間
平成15年4月1日〜平成19年3月31日(第9次鳥獣保護事業計画の期間内)
計画対象市町
◎ 平成9年度から記録しているツキノワグマの目撃情報を、5kmメッシュで図示し目撃    情報のあったメッシュが含まれている市町を計画対象市町とする。
ア 頻繁に出没のある地域
  豊岡市、城崎郡、出石郡、美方郡、養父郡、朝来郡、宍粟郡(波賀、千種、一宮町)
イ 最近、出没が見られるようになった地域
  篠山市、氷上郡、宍粟郡(山崎町)、佐用郡(佐用、南光町)、神崎郡(大河内、神崎町)
5 現 状
(1) 生息状況
・東中国地域個体群
  推定生息数;鳥取県、岡山県を含めて約150〜200頭      (H3 環境庁調査)
   うち 兵庫県域での推定生息(越冬)数;約75〜85頭      (H5〜7 兵庫県調査)
・近畿北部地域個体群
  推定生息数;京都府、滋賀県、福井県を含めて約600〜800頭   (H3 環境庁調査)   うち 兵庫県域での推定生息(越冬)数;約3〜 7頭     (H5〜7 兵庫県調査)
(目撃情報)
H13年度 118件 但馬地域87件、丹波地域19件、その他12件
H14年度 224件 但馬地域207件、丹波地域8件、その他9件
(2) 生息環境状況
・ 戦後の拡大造林で広葉樹などの天然林の減少や、放置された人工林や里山林の増加によ る生息環境の悪化が懸念されている。
・ 冬眠前のツキノワグマの栄養源となるブナ・ミズナラ等のドングリ類の豊凶度によって行動が大きく変わる。
(3) 被害状況
ア 人身被害
死亡に至るような重大事故は、本県では記録されていないが、偶発的に出合わせた際に、 傷害を与えられ事故は5件ある。(H8年2件、H10年1件、H14年2件)
イ 精神被害
集落周辺への出没に対する住民の恐怖感や不安感、特に出没が続く場合は、常に注意を強いられ日常生活に支障を来すなど、「精神的な被害」が存在している。
ウ 農業被害
果樹(ナシ、カキ、クリ等)を中心に農業被害が発生している。
    (被害額) H11年;10,860千円、H12年;8,753千円、H13年;6,563千円
(4) 捕獲状況
  生息頭数の減少を食い止めるため、基本的に防護対策を徹底する方針で進め、「人身事故の危険性が高い場合」に限り捕獲することとしている。
 また、別の野生動物(イノシシ等)を捕獲するためのワナに誤ってかかったツキノワグマは、可能な限り放獣することとしているが、放獣等の体制が整備されていないことや地元の同  意が得られないことから捕殺されているケースが多い。
(捕獲頭数)
年度 捕 獲 頭 数 その後の措置 個体群別捕殺数 個体群別放獣数
東中国 近畿北部 東中国 近畿北部
H12 15頭(うち誤捕獲7頭) 捕殺15頭 10頭 5頭
H13 4頭(うち誤捕獲4頭) 捕殺4頭 1頭 3頭
H14 12頭(うち誤捕獲2頭) 捕殺7頭 放獣5頭 5頭 2頭 5頭
6 保護管理の目標
(1) 長期的目標;絶滅の回避
○ 人とのあつれきを解消し、生息環境の改善を図る
(2) 中・短期的目標;生息数の維持と生息地住民の安全の確保
○ 人とのあつれきを軽減しつつ、駆除される個体数を減らす
<項目ごとの目標と実施方策の体系図>

7 保護管理の実施
(1) 個体管理
基本理念; 学習によって出没が抑制される見込みのある個体は残していくが
学習しても人身事故の危険のある個体は排除していく
 ア  出没対策;ツキノワグマが出没した場合は、「出没対応基準」により対応する。
(出没対応基準)
第1段階;人間活動と直接影響がない場合、ツキノワグマの行動に執着が見られない場合
     (山中での目撃、山中で痕跡を発見、道路を横切る等)
   →情報収集に努めながら、誘引物がないかを確認し、住民に情報を提供する。
    周辺の住民に対し、クマが執着しそうな物を置かないよう注意を呼びかける。

第2段階:ツキノワグマの行動に執着が見られる場合、同じ場所に何回も出没する場合
(果樹園等への出没、人家周辺の果樹・ゴミ・蜂の巣への出没等)
  →農作物の場合は電気柵等による防護を行い、誘引物の除去を行う。

第3段階:人間活動に影響が大きい場合、繰り返し出没し執着が強く見られる場合
(誘因物を取り除いても繰り返し人家周辺に出没、防護しても繰り返し出没)
→出没するツキノワグマの性質を見極め、効果的と考えられる方法で追い払いを行う。

第4段階:追い払いによっても学習効果がなく、より強い学習が必要な場合
(追い払いによっても人家周辺に執着、周囲に逃げ道のない場所での出没)
→ドラム缶オリによる捕獲を行い、唐辛子スプレーによる学習を行い放獣する。

第5段階:以上によっても学習効果のない場合
   (学習放獣、追い払いによっても学習効果が見られず人家周辺に執着する個体、
   人に危害を加えた個体)
  →オリにより捕獲し個体を特定したうえで、処分する。
 イ 不作為によるツキノワグマの誤捕獲の防止
   ワナ等誤捕獲防止のための指導を徹底する。誤捕獲された個体は、原則として放獣する。
(2) 個体群管理
 個体数動向及び適正な生息密度を把握するためのモニタリング調査手法を確立していく。
(3) 生息環境管理
ア 奥山林の保全
  ツキノワグマが越冬する巨樹の樹洞等の冬眠穴が確保されるよう奥山林の保全を図る。さらに近交弱勢を避け、遺伝的交流の図れる回廊の確保を視野に入れた保全を検討する。
イ 里山林の整備
集落に面した里山林は、下刈り等により見通しを良くすることで、ツキノワグマの出没を抑制する効果があると考えられ、また、森林の多様性を回復させる面からも整備を図る。
ウ 人工林の整備
  間伐による健全な森林の状態を回復させるとともに、複層林化、針広混交林化、広葉樹林化などの積極的な普及に努め、森林の多様性と動物の多様性を図る。
エ 生息地管理の研究
  ツキノワグマを含めた多様な生物の生息環境として望ましい森林の整備・保全に向けて、調査研究を進め、モデル的な森林の整備も試行する。
(4) 被害防除
ア 人身被害の防止
・入山者への自己防衛意識の啓発を行う。
・市町間、府県間の情報提供による注意喚起を行う。
イ 精神被害の低減
・ツキノワグマの出没原因の究明と原因の除去を行う。
・人家周辺を整備する。(カキの木等の誘引物の除去)
ウ 農林業被害の防止
・果樹等の防護については、幹にトタンを巻いたり電気柵を設置する。
クマ剥ぎの防止対策を行う。
8 普及啓発
 ツキノワグマの出没する地域の住民が、過剰な恐怖感を抱くことのないよう、ツキノワグマの生態・習性を十分理解していただくことと、県民全体にツキノワグマの正しい知識を理解していただくために、普及啓発活動を行う。
(1) 人身事故防止のために
パンフレットの作成・配布、セミナーの開催などにより、NPOと連携した普及啓発を 図っていく。
(2) 誘引物の除去のために
ツキノワグマの誘引を防ぐために注意するポイントをまとめ、集落単位に注意を呼びかける。
(3) 県民間の相互理解のために
 ツキノワグマが出没する地域と、存在すら知らない地域の住民では、意識や理解度にかなりの差異があるため、誰もが保護管理に関われるよう、県、NPO団体で開催されているようなセミナー等を活用して交流の場を広げ、相互理解に向けて努力していく。

9 モニタリング調査
計画の達成のために必要な調査研究及び計画の達成状況を把握するために実施する。
(1) 生息状況のモニタリング
ア 個体数動向の把握手法(ヘアトラップ法)の確立
イ 目撃情報による情報の収集
ウ 捕獲個体情報の収集及び蓄積
エ 行動モニタリング[テレメトリー]調査(放獣個体について発信器及び標識の装着の実施)
(2) 生息環境のモニタリング
ア 氷ノ山山系におけるブナ科堅果類豊凶調査
(3) 被害状況のモニタリング
ア 農林業被害状況調査
イ 人身事故調査
(4) 県民意識のモニタリング
ア 生息地住民を中心とした県民の保護管理に対する意識調査
(5) その他
ア 近隣府県間の情報整理(調査方法・解析手法の統一化)による地域個体群管理
  
10 計画の実施体制
(1) 合意形成
本計画の実施にあたっては、ツキノワグマの生息地住民はもとより、幅広い関係者の相互理解と協力を得ることが必要不可欠であることから、行政・関係者・住民がお互いに連携を密にして合意 形成を図りながら、主体的参画のもと各施策を推進していく。
(2) 実施体制
<広域レベル(近隣府県)>
○近隣府県野生鳥獣保護管理対策協議会(既設)[兵庫・鳥取・岡山、兵庫・京都]
・ツキノワグマを含めた野生鳥獣対策等の情報交換
・出没に関する緊急情報の交換
・生息動向調査等の連携  等
○近隣府県野生鳥獣研究機関の連絡会(新設)[兵庫・鳥取・岡山・京都]
・ツキノワグマを含めた野生鳥獣等に関する研究の情報交換 等
<県レベル(県、専門家、試験研究機関、農林業団体、保護団体、猟友会等)>
○兵庫県野生鳥獣保護管理検討会(既設)
・施策の方針決定及び対応基準に基づくマニュアルの作成
・モニタリング調査の実施と計画の検証
・目撃情報の収集・整理
・生息地管理の指導、連絡調整
・県民への情報、学習機会の提供
・県民意識調査 等
<地域レベル(県民局、市町、警察署、地域農林業関係団体、狩猟会支部等)>
○野生獣被害対策推進地域協議会(既設の但馬地域に加え丹波地域で新設)
・モニタリング調査に対する協力
・目撃情報の収集と連絡
・住民への情報提供
・出没時の追い払い、捕獲・学習放獣等の対応 等
(3)人材育成
森林・野生動物管理官制度(仮称)の創設や森林・野生動物研究センター(仮称)の整備を検討する中で、ツキノワグマに対して対応可能な技術を有する人材の育成を検討していく。
  
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